サプライチェーンセキュリティ強化のためのJIS公示
製品、部品などの管理及びサプライチェーンのセキュリティ強化に人工物メトリクスを利用する際の妥当性確認手順、用語などを標準化
ポイント
- 経済安全保障、模倣品防止等の観点から物を識別、照合するための技術の重要性が増大
- 国際規格と整合させながら、当該技術を使う際の日本語での用語、同義語やそれらの使い方を標準化
- 対象物管理の効率化、品質明確化を通し、安全・安心な社会の実現、日本製品の市場競争力強化に貢献

2021年2月、米国においてサプライチェーンに関する大統領令に署名が行われ、同盟国・パートナー国との強靭なサプライチェーン構築の重要性が示されています。日本においても2022年5月に「経済安全保障推進法」が成立、交付され重要物資のサプライチェーン強化がうたわれています。また、グローバル調達(系列の崩壊)、最適地生産が進展している中、不具合、故障等が発生した際のトレサビリティとしての品質管理の重要性も増している他、2024年7月に欧州で施行された「持続可能な製品のためのエコデザイン規則」においては、デジタル製品パスポートを通じて製品に関する情報を消費者に提供することも求められています。
このような中、重要物資、製品、部品管理の効率化、品質明確化のために人工物メトリクスの利用検討が進んでいます。人工物メトリクスとは、物の特性の測定又は測定値のことで、測定値の差を用いることで同じように見える物を区別することが可能になります。バイオメトリクスが、人の身体的特徴や行動的特徴を対象にするのに対し、人工物メトリクスでは、物の特性を対象とします。この人工物メトリクスの妥当性を確認するための手順を規定した規格JIS X 22387:2024(以下「本規格」という)が、この度制定されました。本規格の本文は、日本産業標準調査会(JISC)のHP(https://www.jisc.go.jp/)から、「X 22387」でJIS検索すると閲覧できます。国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は、本規格原案作成委員及び事務局として他の委員等とも協調して本規格の制定に貢献しました。本規格により、安全・安心な社会の実現、日本製品の市場競争力強化への貢献が期待できます。
社会課題の解決
経済安全保障推進法などへの対応において、高度で付加価値の高い製品・部品などに対する細かい粒度での管理(例えば、今まで同じIDを割り振っていた部品を区別し個体管理するなど)や模倣品の検出などの重要性が増しています。また、グローバル調達(系列の崩壊)、最適地生産が進展している中、不具合、故障等が発生した際のトレサビリティとしての品質管理(模倣品によるものなのか自社の製品・部品によるものかの見極め、生産流通経路を遡ることによる原因の特定、流通先でのリコールなど)や欧州「持続可能な製品のためのエコデザイン規則」に対応する製品が模倣品にすり替えられていないかなどの確認の重要性も増しています。
人工物メトリクスを用いることで、各部品などを、それらの表面の微細なパターンの差などを用いることで新たなIDを割り振ることなく識別したり、正規品と同じIDが不正に割り振られた模倣品をデータベースなどと照合することで検出したりすることが可能になります。しかしながら、対象物やその測定環境などにより得られる性能(識別誤り、照合誤りなど)が異なることや、人工物メトリクスに関する言葉の氾濫弊害(同じ用語が違う意味で使われるなど)の問題があり、調達者側と提供者側との間で人工物メトリクスの適切性、信頼性及び有効性に対して齟齬が生じる危険性がありました。本規格によりそれらの妥当性確認手順における用語の曖昧さや言葉の氾濫弊害を解消し、調達者側と提供者側との間での円滑かつ齟齬の無い合意形成を可能としました。これにより対象物管理の効率化、品質明確化が進み、安全・安心な社会の実現、日本製品の市場競争力強化への貢献が期待できます。また、本規格は国際規格 ISO 22387:2022 とも整合しているため、日本語で作成した書類の英訳により国際的な互換性も確保できます。
今後の予定・波及効果
サプライチェーンにおける本規格の活用方法などに関して産総研サイバーフィジカルセキュリティ研究部門主催でセミナーを開催する予定です。また、模倣技術も日々進化していることから、それらが悪用されたとしても、その痕跡を見つけ出し見分ける技術などについて研究開発を継続して行く予定です。
規格の概要
JIS X 22387:2024 セキュリティ及びレジリエンス-製品及び文書の真正性,完全性及び信頼性-人工物メトリクスを利用する際の妥当性確認手順
本規格は、人工物メトリクスの適切性、信頼性及び有効性を認定するためのプロセス、並びに識別及び照合に関する人工物メトリクスの認識の原則について、ISO 22387 を基に規定した規格です。
規格発行に携わった産総研メンバー
予算制度
この成果の一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「経済安全保障重要技術育成プログラム/半導体・電子機器等のハードウェアにおける不正機能排除のための検証基盤の確立」(JPNP23013)によって得られたものです。
用語解説
経済安全保障推進法
経済活動に関して行われる国家・国民の安全を害する行為を未然に防止するため、基本方針の策定及び必要な制度の創設を定めた法律です。本法律により、重要物資の安定的な供給の確保に関する制度(2022年8月施行)などが創設されています。
持続可能な製品のためのエコデザイン規則
欧州の枠組み規則で、製品の品質、リサイクル素材の使用率などの要件を規定すると共に、これらの要件に関する情報を、デジタル製品パスポートを通じて消費者に提供することを求めています。製品グループごとの具体的な規制内容は今後、欧州委員会により委任法令で規定されます。
デジタル製品パスポート
人工物メトリクス
本規格では人工物メトリクスを「人工物の特性の測定又は測定値」と定義し「測定値は,物体自体の自然な(固有の)特性,又は製造中に発現した特性に基づく場合がある。」と注釈しています。測定値の差を用いることで同じように見える物を区別することが可能になります。
識別
人工物メトリクスにおける識別(人工物メトリック識別)とは、データベースに登録されたデータ(参照データ)の集合と管理対象物から取得した比較対象データとを比較し、管理対象物の正体(ID)を探す工程になります。
照合
人工物メトリクスにおける照合(人工物メトリック照合)とは、管理対象物から取得した比較対象データが、指定された参照データと同じか異なるかを確認する工程になります。